取材・構成
株式会社ロフトワーク目まぐるしいスピードで進化してゆくWeb業界で、その重要性に注目が集まり、徐々に知識体系化されているWeb情報アーキテクチャ(以下、IA)、ユーザーエクスペリエンス(以下、UX)領域。Information Architecture Institute(IAI) NPO法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)に所属し、日本におけるIA領域を牽引するUXデザイナー坂本貴史氏が、3月下旬に、初の自著となる『IA Thinking』(ワークスコーポレーション)を発売する。重要度の高まる企業のソーシャル対応やWebマーケティングも、サイト設計やユーザー導線が確保されていなければその効果を発揮することはできない、言わば、Webサイト成功の根幹とも言える、情報設計やUXの重要性を長年研究した坂本氏。デザイナー出身であり、クリエイティブディレクターとしてWeb業界の最前線でサイト設計について考察をしてきた氏のキャリアや現在の仕事、今後の興味などに迫ってみたい。
インタビュー:水野太(株式会社ロフトワーク/クリエイティブディレクター)
専門学校にてアートとデザインを意識することに
坂本貴史、あるいはbookslope(ネット上のニックネーム)、34歳。IAの第一人者だ。
インターネットが誰でも使えるものになった当初、企業は自社サイトを企業パンフレットの電子版だと考えていた。制作するのはパンフレットのビジュアルデザインをするデザイナーのうち、コンピュータやデジタルに詳しい人たちといった具合。そして、彼らはWebデザイナーと呼ばれるようになった。一方、現在、自社サイトを“ただの企業パンフレット”と考える人はいない。ホームページとも、もう呼ばない。Webサイトはさまざまなページが階層的に組み合わされ、ユーザーと企業、あるいはユーザー同士のコミュニケーションの場を提供し、閲覧するだけでなく、場合によっては、ECサイトとして購買活動の基盤となった。既にパンフレットとはまったくの別物で、ビジュアルデザインだけで作るものではない。デザイナーではなくアーキテクト(設計士)の仕事が必要なある種の構造物である。
坂本氏は兵庫県出身、キャリアのスタートはデザイナーであった。それ以前の経歴はデザインの専門学校に通い始めたところからのスタートである。
「絵を描くのが得意だったからデザインの専門学校に行くことにしたんです。ビジュアルデザイン・プロダクトデザイン・スペースデザインの三分野のうち、ビジュアルデザインを専攻しました。その頃は1990年代で、まだデザインの勉強の基本は“手作業の修練”だったんです。まっすぐな線を引く、むら無く色を塗る、エアブラシ(アプリのツールではなく、実際の道具)の使い方に習熟する。それができて初めて創作に踏み出すような世界でした。デザインを勉強するというのは好きな絵を描くこととは違う。専門学校で最初に学んだのは“アートとデザインの違い”でしたね」
そのような状況であったが、専門学校で坂本は将来を決める重要な道具にも出会った。Apple Macintoshだ。
「Abobe Illustratorでは、一瞬でむら無く完全に色を塗ることができて、それまでのどれだけむら無く塗れるかという努力とはまるで異質の体験でしたね。“これだ!”と思って一気にのめり込みました」と当時を振り返る。
ちょうどハリウッドの3D映画が話題になっていた時期と重なり、初めにはまったのは3Dだった。
「3Dグラフィックスを作るツールとして、Autodesk社の『3ds Max』というソフトウェアを知ったんです。3ds Max自体は映画やゲームなどの3Dモデリングやレンダリングのための製品でしたが、エンジンは建築設計などの3Dモデリング用のものなんです。つまり、CADデータを3Dに起こす方式のソフトウェアなわけですね。同時に、友人にイーフロンティア社の『Shade』という別の3Dソフトウェアを教えてもらって、こちらはCADデータを3D変換するのではなく、ベジェ曲線を使って画面上で3Dを作るものだったんです。従来の入力された数値をコンピュータが計算して立体に変換するのではなく、画面上で粘土をこねて形を作るように立体を作る方式でした。これらを組合せて使っていましたね」
当時、坂本氏は系統立てて勉強しているというより、実際のソフトを駆使してコンピュータによる制作の概念を吸収している時期だった。そして友人の「3DデータはCADで作った方がいいよ」という言葉がきっかけに、データフォーマットという概念を学んだという。
「普通はツールとデータフォーマットを分けて考えないですよね。Illustratorで作った画像はIllustratorのデータだし、Photoshopの画像はPhotoshopで読む。でも、別のソフトで作ったデータを読み込ませて加工することもできるということが分かってきたんです。3Dグラフィックスも、元々の造形の部分は3Dデータで作り、表面の質感などのテクスチャはIllustratorなどで好みのものを作って、それらをレンダリングソフトウェアに読み込ませて組み合わせることで、より思い通りの作品が効率よく作れるんです。つまり、それぞれのデータを適したツールで作り、組み合わせて完成品にするというアプローチを知ったんです」