企画・構成
株式会社ロフトワークOpenCU編集部
現在、本という言葉が変わろうとしている。いや、一見したところでは何も変わっていないかに見えるが、まさに変化の真っ最中だと言える。その大きな要因に、紙ではない本の登場がある。電子書籍の存在だ。
電子書籍のビジネスはまだ本格的ではない。皆さんの多くは、この1ヶ月でApple iTunesで音楽は買っても、電子書籍は買っていないのではないだろうか? しかし、この記事をiPadなどのタブレット端末で読んでいる人は一定数いるだろう。つまり電子書籍は現在、“読む準備”が整っている段階にあるといえるだろう。
今回はそんな、電子とリアルの2つの意味を持つようになった“本”の今を、ブック・コーディネーターであるnumabooksの内沼晋太郎さんに近況と共に語ってもらった。電子書籍が紙の本にとって変わることが“進化”ではなく、むしろ電子書籍が生まれたことで、モノとしての紙の本の価値というのは、今どんどん高まっていると、内沼さんは言う。現在、本と人のコミュニケーションには何が起こり、求められているんだろう?
古本屋の“書き込み本”を見て、紙の本の未来を思いついた
内沼さんは現在、紙の本を使ってまったく新しいアートの世界をつくろうとしているという。それがONE AND ONLY BOOKS、“世界に一冊の本の本屋”だ。
「一般的に古本は、著者のサインという例外を除くと、印刷されて製本されたすぐの状態に近ければ近いほど、つまり新品に近いきれいな状態であるほど高値です。特に線が引いてあったり、余白にメモが書き込んであるような本は、“線引き有” “書き込み有”という形で、価格がガクッと下がる。でももし、その線が的確な場所に引いてあったら? もしその書き込みの内容が面白かったら? 大げさに言えば、一本の線が引かれたその瞬間に、本はマスプロダクトから、世界に一冊だけのオンリーワンなものになる。どこにでもあるモノよりも、世界に一冊しかないモノののほうが、価値が高いはずじゃないか? 少なくとも、古本の価値は書き込みによって上がることもある、ということは証明できるはずだと考えたんです。
そういった考えのもと、book pick orchestraをやっていた2005年に “WRITE ON BOOKS” という、お客さんに本に自由に書き込みをしてもらう本屋プロジェクトを立ち上げました。 “ONE AND ONLY BOOKS” はそれをさらに拡張したもので、世界に一冊しかないモノにできるということ自体が、紙の本の大きな価値のひとつである、ということをよりわかりやすく伝えるプロジェクトです。そのためにまず、アーティストやクリエイターと組んで作品を作っていこうと考えた。たとえばイラストレーターに、余白に直接、絵を描いてもらう。文芸批評家に、余白に批評的なメモを書いてもらう。それを一点モノとして、ギャラリーなどで高値で販売してみようというわけです」
例えば、“村上春樹が読んだカート・ヴォネガットの本”がオークションに出品されたら高値がつくことだろう。本はモノなので、書き込みはもちろん、触れた人も付加価値になってくる。
「しかし、実際に何人かのアーティストに声をかけてみたら、予想以上に拒否反応があったんです。他人の作品に勝手に手を加えて自分の作品にするというようなことはできない、というような反応です。しかもそう考えてしまうと、著作権的な問題もクリアしなければという話になってくる。たしかにそうなんですよね。けれど、“線引き有” “書き込み有”の古本は普通に売られている、果たしてこれは著作権を侵害しているのか? とりあえず今は一度ストップして、どういう形でやるのがいいか、模索中です」
そうした観点から見れば、リアルの本と電子書籍は、絵における原画と複製ぐらいの差があることに気付かされる。電子書籍がより日常的なものになったとき、紙の本の価値はアートとして、ここまで価値が高められるものなのだ。そうした意味では、リアルの本が、電子書籍の誕生によって高められたとも言える。
「 一方で、これは電子書籍で考えても面白いことです。たとえばある本のKindle版が1,000円だとして、同じAmazonのページにオプションとして、自分の好きな批評家がその本に引いた線と書き込みのデータが200円で売っていたらどうでしょうか。その書き込みのレイヤーをON/OFF切り替えながら読めるとしたら。DVDの特典のオーディオコメンタリーみたいな感じです。少なくとも僕は買いますね。またいわゆる “ソーシャル・リーディング” も、最近言葉ばかりが先行している印象がありますが、価値あるコミュニケーションが本の上で行われるようにサービスを運営していくことができたら、“あの本がコメント盛り上がってるらしいから読んでみよう” というような逆転現象も起こってくると思います」