寺井広樹 無意識のアート!「タメシガキ文化人類学」の世界への招待

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19.Oct.2012

文房具店に置かれている「タメシガキ」の紙。ボールペンやサインペンなど、様々なペンの書き心地を試すための、お馴染みの紙です。注意して見てみると、そこにはカラフルな曲線や、誰かの名前、なんだかよく分からないイラストなど、実に様々なものが書き込まれています。寺井広樹さんはこの紙の面白さにベルギーで魅了され、なんと世界50カ国から2千枚を集め、個展を開催しているタメシガキ蒐集家。

去る8月26日に開催された、イロブン主催の文具収集家・きだてたくさん、構成作家の古川耕さんとのイベント「道玄坂文具ラボ Vol.0~文房具の未来を考える大ブレスト会議」でも、文具2.0を考えるブレストが大変な盛り上がりをみせました。本インタビューで、タメシガキの世界の面白さを存分に語っていただきました!

取材:OpenCU編集部 Text:森オウジ

自分探しのはずが…タメシガキの面白さを見つけてしまった

まず、寺井さんの今までについて教えてください。なんでも世界放浪を機に「タメシガキ」を蒐集されたとのことですが?

寺井 はい。大学を卒業して、新卒で人材派遣の会社に入り、営業を3年やりました。そして、退職してすぐ世界放浪をすることにしたんです。ヨーロッパ各国をまわり始めて、ベルギーのアールストの文房具店で魅力的なタメシガキに出会ったのがすべての始まりです。

放浪したいなと思ったきっかけとは何だったのでしょう?

寺井 学生時代にちゃんと自己分析とかしてこなかったので、ちょっと遅めの自分探しです。今でこそライフワークになっていますが、旅に出る前はタメシガキのことなんて、考えたこともなかったわけですから人生何が起こるか分からないものですね。

旅程はどんな感じだったのでしょう?

寺井 そもそもバックパッカーの、無計画な旅でした。とりあえずヨーロッパに行ったことがなかったから、イギリスからはじまって、ベルギー、ドイツ、フランスと各国を回って、その次にアフリカ、北南米、さらにアジアを回りました。1年半の旅程のうち、途中からタメシガキ探しの旅に変わっていったんです。

現在、Webサイトに世界のタメシガキの一部が公開されていますが、Webサイトづくりにはどんなことを心がけておられましたか?

寺井 実はタメシガキのサイトを作るのには葛藤がありました。タメシガキの魅力を多くの人に知ってもらいたい反面、タメシガキに注目が集まったら、人々が「意識的に」試し書いてしまうのではと心配しました。「無意識のアート」なところが魅力ですので。
サイトを作るにあたっては、できるだけタメシガキの持つ味わいを損なわないようにサイトを作っていきました。この横スクロールという珍しい手法も、タメシガキの紙をイメージしています。

世界の試し書きサイト

タメシガキによる文化人類学を確立したいんです

いったい、タメシガキのどんな部分が、そこまで寺井さんの心を惹きつけたのでしょう?

寺井 ベルギーの文房具店で、お洒落でポップなタメシガキに出会って、「額装して部屋に飾りたい」という衝動にかられたのがきっかけです。複数の人が無意識で書いた抽象的な線や文字、イラストが一枚の紙に集合して「現代アート」になっていることに衝撃を受けました。
集めていくと、お国柄の違いも現れていて、奥深い面白さがあるなとハマっていったんです。

たとえば先進国と途上国では大きな違いがあります。途上国はペンの不良品が多いので、必ず人々は試し書きをします。それゆえ、筆圧が高くなるし、線だけが描かれているなど、実用性重視の、本気のタメシガキが多い。ケニアやエチオピアは非常に高筆圧国ですね。

その一方で先進国は、品質のいいペンが当たり前なので、イラストを描いたり、タメシガキにも余裕が感じられるんです。

インドはさすが「インド式計算の国」。必ずといっていいほど数式が登場します。中国は「疲れた」「お金がない」など後ろ向きな言葉がたくさん並びます。中国はネット規制が厳しく、おそらく格差社会の鬱憤のはけぐちになっているのでしょう。
いずれはより研究を深めて、タメシガキによる「文化人類学」を確立したいと思っています。

ベルギーの試し書き

寺井さんが蒐集するきっかけになったベルギーの文房具店でみつけた試し書き

イタリアの試し書き

ペンの設計図のようなものが描かれたイタリアの試し書き

 

こちらは先進国のものでしょうか?

寺井 イタリアですね。デザイン性の高いタメシガキが特徴です。ここに描かれている万年筆のメーカーが知りたくて、世界中のあちこちの文房具店をあたったのですが、どこも分からないといいます。長さとか数値も細かく書き込まれているので、もしかするとこのタメシガキをした人はペンのデザイナーさんなのかもしれない。そうなるとこれは発売前のペンの設計図にも見えてくるわけです。無意識に描かれたものから逆算して、人間の本質に迫っていく。深読みの面白さがタメシガキにはあります。

無意識に宿る、人間の本質的な部分、魂の叫びこそがタメシガキの魅力です

最近は展示会も精力的に開催されてますね。

東急ハンズで行われた展覧会の様子

東急ハンズ渋谷店1階エントランスにて。自由に試し書きできるコーナーも設けられた。

寺井 今年の春、これまで集めた40カ国あまりのタメシガキを展示する「世界タメシガキ博覧会」を開催しました。評判を呼んで、東急ハンズさんや大阪のギャラリー会場からもお声掛けいただいて各地で開催中です。Webではどうしても「紙質」とか伝わらないので実物を楽しんでもらいたいんです。

「世界タメシガキ博覧会」は私の個展でありながら、私がまったく筆を動かしていないのが特徴です。世の中に起こっている自然現象を切りとることで生まれる、作為的に狙っては決して作れない「無意識のアート」を広く伝えていきたいと思っています。

漫画家ちばてつや先生をはじめとする著名人のタメシガキも蒐集されているそうですが、どのようにしてタメシガキをいただくのですか?

寺井 サインをいただく前に、「こちらで試し書きをどうぞ」とタメシガキの紙をお渡しするんです。私にとってはタメシガキ>サインですが(笑)もちろんサインも大事に保管させていただいています。成功者に何か共通するタメシガキがあるか研究しています。

 

ちばてつや先生のタメシガキ

ちばてつや先生ご本人による試し書き。「家宝です」と寺井さん

 

タメシガキから色んなことが見えてくるのですね。

寺井 タメシガキを通していま流行っているものや時代のムードが感じられるのも楽しいです。ネットやテレビに頼らずにタメシガキを見て、日本や世界でいま起こっている出来事を知ることがマイブームです。

文房具の展示会も近々行われるそうですが、文房具も蒐集されているんですか?

寺井 タメシガキを世界各国の文房具店から譲り受けるときは店員さんにお願いをするんですが、場合によっては断られることもあります。そういうときは「ペンやノートを購入するので譲ってください」と交渉するんです。その結果、私の家には未使用の海外文具が山ほどあります(笑)そこで11月3日の「文具の日」に「無駄に買った世界のブング展」と名付けてそういった文房具の展示会を1日限りで行う予定です。

今後の展望をお願いします。

寺井 ラジオや新聞に大きく取り上げられたことでグアムやカタールなど、海外に住む見知らぬ心ある方からタメシガキが届くようになりました。とてもありがたいことで感謝しています。来年には原点になったベルギーでタメシガキ博をやって、世界中の人にタメシガキの魅力を伝えたいです。

 

さままざななアイデアが飛び交う大盛況の公開文具ブレスト会議
道玄坂文具ラボを8月26日に開催されました!

当日、イロブンきだてたくさん、構成作家の古川耕さん、さらに寺井広樹さんのトリオが自身の分文具愛を発表。さらに観客も巻き込んだ大ブレスト大会を開催しました。あれこれとアイデアが出てくる中で三名の文具知識を披露したフォローやコメントが飛び交い、会場は終始熱い議論が展開された。ここで出たアイデア何か形になってければということで今後の展開にも期待!!

イベント概要

日時:2012年8月26日(日) 15:00-17:00(14:30Open)
会場: Loftwork Lab 10F(渋谷区・道玄坂)
出演:きだてたく(イロブン・文房具ライター)
古川耕(放送作家、ライター)
寺井広樹(試し書きコレクター)

当日の様子は、USTREAMアーカイブからもご覧になれます。

Video streaming by Ustream

 

寺井広樹

1980年神戸市生まれ。大学卒業後、派遣会社に3年勤務。その後、世界放浪の旅に出る。偶然立ち寄ったベルギーの文房具店で試し書きに一目惚れ。「無意識のアート」として世界各地の試し書きを蒐集。
2012年3月にはNHK BSプレミアムにて自身が主人公のドキュメンタリードラマが放送された。10月からはKBS京都ラジオ『離婚さん、いらっしゃい。』のメインパーソナリティを務める。
世界タメシガキ博覧会サイト

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