ベンチャー起業や既存企業の新規事業開発を実現するための科学的アプローチ「リーンスタートアップ」に、ネット業界を中心に熱い視線が集まっています和波俊久さんは、リーンスタートアップのエバンジェリストとして、2010年の秋からブログを開始。2012年にはリーンスタートアップジャパンをみずから創設し、大企業へのコンサルティングやITベンチャーのスタートアップ支援などで、実際にリーンスタートアップのアプローチを活用しています。
今回、OpenCUでは「リーンスタートアップ」をテーマに有料ワークショップを開催します。ワークショップに関して和波さんが提示したキーポイントは「不完全を受け入れよう」です。実はそこがいちばん難しい部分なのだそうです。インタビューを読んでぜひ、参加のきっかになれればと思います。
聞き手:西本泰司(株式会社ロフトワーク シニアクリエイティブディレクター)
《リーンスタートアップが正しく理解されていないという現状》
リーンスタートアップはマニュアルではない
「アメリカでエリック・リースがリーンスタートアップの概念を発表したのが2008年、当時からたくさんの誤解を受けてきました。その一つに、“リーンスタートアップはマニュアルに近いもので、書いてあることを自分たちが理解し、そのまま踏襲すれば、自分たちも成功に近づける”という誤解があります。わたし自身も、2012年の春に日本語版が出版されて以降、同じようなことが日本でも起きていると感じています。そこで今回のワークショップでは、みなさんがリーンスタートアップを正しく理解し、本当の意味でこの概念を実践に移していけるようサポートしたいと考えています」
──リーンスタートアップとはどういうものか、概念に馴染んでいない方もいるかと思うので、和波さんから説明していただけますか?
「エリック・リースが“リーンスタートアップ”で言っていることは非常にシンプルです。
- ビジネスのアイデアはほとんどが失敗するから、アイデアは少しずつ小出しにしたほうがよい
- 小さく始めた事業を広げていくと、成功する確率が高い
- こうやればビジネスは成功する、というものが確定していない段階で、自分たちの計画を従来のビジネスのやり方で進めると、結果を先送りすることになり、失敗に気づくタイミングを遅らせてしまう。だから、失敗に気づくタイミングをどんどん前倒ししよう。
これらがリーンスタートアップの基本的な考え方です」
新しいやり方を採り入れることは、新しい文化をつくること
──リーンスタートアップを学ぶことで、どんな効果が期待できますか?
「“リーンスタートアップで成功したい”とか、“いいビジネスアイデアが浮かぶようになりたい”とか、そういう成果を求めた場合、たいてい失敗に終わります。リーンスタートアップを知ることで変化が実感できるのは、今までのやり方では、半年かけてサービスを作った後で、ようやく“あ、失敗している”と気づきます。リーンスタートアップを実践すると、一週間も経たずに自分たちの失敗に気づくようになります。この違いなんですね。
つまり、リーンスタートアップのアプローチがぴったりハマるのは“今まで自分たちのやり方で一生懸命やってきてたけれど、どうも結果がついてこない。もっといいやり方はないだろうか?”と模索している人でたちすね。常に改善を一生懸命考えている人ほど、リーンスタートアップを採り入れた場合、飛躍的に伸びます。これは自分の経験からはっきり言えますね。
リーンスタートアップを実践された、とある企業の方がこんなお話しをされていました。
“いままで自分たちがやっていたやり方は、船の操縦に例えたならば、定期航路で正確に届けること。そのためには1個たりとも積荷を忘れてはいけない。時間にも厳密でなければいけない。そして、そういう形で進めていくことが、仕事の結果にもつながっていた”
一方、リーンスタートアップは、船の操縦にたとえるならラフティングです。最初から決められているものは何もない状態。激流の川をゴムボートで下っていくには、常に周りを見渡して、どこに岩が迫ってきているか、ボートに乗り合わせているメンバーがどういう状態かにも目を配り、瞬時に判断していかないといけない。それを何度も繰り返していくと、最後に、流れの落ち着いたところにたどり着ける。
これほど操縦の仕方が違うことは驚きだった。定期航路の場合は「組織」を、「ライフティング」は“チームの全員が判断できる状態”を作らないといけない”
この例えは非常に言い得てます。
組織のクオリティの向上なしに、成果物のクオリティは向上しない。
──リーンスタートアップは、集団に対し、新しい「文化」を要請するわけですね?
「おっしゃるとおりです。最近、リーンスタートアップのセミナーでは、“事業アイデアをリーンキャンバスに書いてみましょう”というタイプのイベントが増えてきています。しかし、自分たちの組織やチームの文化が伝統的ウォーターフォール・モデルのままで、いきなりリーンキャンバスを書き始めたとしても、うまくはいかないでしょう。
例えば、トヨタの生産方式について、彼らが言っていることは、単純に“いいクルマをつくりましょう”ではありません。まず“いいクルマが生まれるのは、無駄が混入していないプロセスからだ”と認識があって、“だから、無駄を含まない、いいプロセスをどんどん作っていこう”という順番になっています。
“こんな素晴らしいものを作っていくんだ!”という前に、まずは作業を行う組織の文化を変えて、作業のクオリティを向上させる必要があります。作業のクオリティが上がらない限り、アウトプットのクオリティも上がらないからです。ですから、まずは組織やチームの“文化”を変えるために、“結果を先送りしないために、われわれは何をどうすべきなのか?”という課題に、集中して取り組むことが重要だと考えています」
《リーンスタートアップを導入することによって何が実現できるか?》
「スモールバッチ」で組織のスピードをアップさせる
「リーンスタートアップは、“何回すれば、正解にたどり着けます”ではなく、“とにかく何度も繰り返すと、成功の確率は上がります”というものです。短いタームにするやり方を“スモールバッチ”と呼びますが、作業のバッチサイズをどんどん小さくできれば、組織やチームのスピードは格段に早くなります」
「ワークショップでは、スモールバッチを実現するコツも紹介します。一般的な会社では、計画をたてて、実行して、報告をして、作業結果について何か修正する。基本的にはこれらがぐるぐると回っていて、“このポイントで間延びしていないか?”確認できるポイントがあります。例えば“報告書は書かれた瞬間から報告されないまま塩漬けされていないか?”とか、そこを見れば、“自分たちの組織がどれだけスモールバッジを実現できていないか?”判断できます。そういうポイントについて、具体的に学んで、実践できることを目標にします」
──スモールバッチを何度も繰り返すことが重要なんですね?
「そうです。仮説の検証だけでなく、すべての作業、すべての業務について、最初から完璧を求める必要性はなく、不完全でもいいから、どんどん数をこなしていく必要があるわけです。ぼくが推奨しているのが“バッチサイズを下げる”こと。これは、個人に対して努力を求めるものではありません。ただ単純に、やり方、考え方を変えるだけです」
「例えばインタビューを10件やったら、1件ずつ、終わった段階で報告すべきです。それもパワポにまとめてメールに添付するのではなく、1件ずつリアルタイムにプロジェクトSNSのような共有の場に流してほしい。そうすると全員がリアルタイムで確認できますし、コメントする側も、1件1件に対してすぐにコメントできる。返す側の負担も減ります。パワポで送られてくるとぜんぶに目を通して、ぜんぶにコメントをつけて返信しないといけないので、すごく時間がかかりますから。コミュニケーションの一往復の単位をどんどん小さくすることは重要です」
「MVP」という「完璧を求めない」やり方と、その効用
「“MVP(ミニマム・バイアブル・プロダクトの略、検証に必要な必要最低限の部分を実現した半製品の意)”は、不確かな状況で、“どんな成果物を出せば、成功か?”が定義されないときに重要です。そういうケースで、作業の完璧性を求めても無駄です。どこへ行けばいいのか分かっていないときに、旅行の行程表を立てる人はいるでしょうか? 立てられるはずがないですね、行き先が分からないのですから」
そこでMVPのいう考え方で、“最初から完璧は求めないで、何か一つを知るために、何か一つの実験手段を試してみる”わけです。ビジネスにおいては、自分たちが想定しているビジネスに、実際のニーズはあるのか? というのが最大のリスクです。だから半製品でいいからどんどん作って、一つ一つについて評価してもらうことが重要なんです」
──リーンスタートアップの効果が出るまでに、どれくらいの時間が必要ですか?
「リーンスタートアップは、効果が見えるまでに、いくつかの段階があると思います。理由は、
- 大きなバッチ単位で仕事をするという文化から一歩外に出て、小さなパッチに変えていく段階
- 最初から完璧を求めないで、実験を受け入れる段階
- フィードバック・ループが回りはじめて、フィードバックが返ってくる。フィードバックの質を上げていこうという段階
[3]で組織は大きく変わってきますね。ただし、絶対にこの順序でなければ、いい結果は導かれません。最初から“フィードバックの質を上げる”取り組みをして、そこを一ヶ月かけて改善しようと思うのは間違いですね。3日でフィードバックが来るようにすれば、30日あれば10回できるわけですから。月に1回よりも、月に10回こなした方が、フィードバックの質は上がるに決まってます。今回のワークショップは、“バッチを小さくしよう”“完璧を捨てよう”“MVPでいこう”の3つの考え方を徹底することを体験してもらう予定です」
──ワークショップに参加する方へメッセージをお願いします。
「参加者が、セミナーが終わってご自身の会社に戻られたときに、リーンスタートアップを推進するファシリテータになってくれると、いちばん嬉しいですね。ワークショップの中でやられたことを、今度は自分が主催者側になって、自社で実践してもらえれば、“文化”も少しずつ変わるかもしれませんね。一緒にそれを体感できるよう、共に考えていきましょう」
和波さんを講師に迎え、「リーンスタートアップ基礎講座」を2013年8月より開講します。詳しくは以下のワークショプのページからご覧ください。
❏ワークショップ概要
時 間 :19:00〜21:00 (終了後、同会場で交流会あり)
場 所 :loftwork Lab 10F(渋谷区・道玄坂) http://www.loftwork.jp/profile/loftworklab.aspx
定 員 :30名/回
参加費:10,000円(全3回)/単回受講4,000円 ※領収書発行可
主 催:OpenCU
ワークショップへの申込みは以下より
第2回(単回受講)
http://peatix.com/event/17782/view
第3回(単回受講)
http://peatix.com/event/17783/view