「Amazon Kindle」が日本でも発売されてから、はや6カ月。Kindle端末で読書をする人の姿も、山手線や都内の地下鉄では珍しい光景ではなくなってきました。そして、Kindle発売と同時にリリースされた「Amazon Kindle Direct Publishing(以下、KDP)」には、従来の書籍販売ルートでは取り扱いが難しかった個人出版への機運が高まるともに、既存の出版社や編集者、そして著者からも、書籍出版のマネタイズに新たな可能性を開くものとして注目を浴びています。
そんな中、KDPの指南書として、インプレスジャパンより『Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド』が5月14日(火)に出版されました。今回のOpenCUは、その発売を記念して、著者の一人であるブロガーのいしたにまさきさん、そして、すでに「1コインキンドル文庫」シリーズなど、自著をKDPにて出版している勝間和代さんによる、「『個人出版』を語り尽くす」と題したトークイベントが開催されました。
Text:常山剛
Kindleでの電子書籍作りは「紙書籍の電子化」ではなく「Webコンテンツのパッケージ化」
『Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド』の編集担当でもあり、今回のイベントを主催した西倫英さんのあいさつ後、いしたにまさきさんが登壇。考古学的レビューブログ「みたいもん!」での活動を通じて、書籍の執筆、一眼レフカメラがすぐに取り出せてシャッターチャンスを逃さない「とれるカメラバッグ」の発案、内閣広報室ITアドバイザーなどへ活動の領域を広げてきた、いしたにさん。しかしここ数年「ブログ執筆のマネタイズ」について悩みを抱えていると語ります。
課金可能なアウトプット方法として「広告」「アフィリエイト」をブログに掲載する方法、「有料メルマガ」「有料Web媒体」で執筆する方法がありますが、それらのいくつかを利用しながら10年以上ブログを続けている、いしたにさんでも「書いていること」と「そこから収入を得ること」とを結びつけるのは難しいと言います。既存の方法の特性を整理分類すると、KDPはちょうど中央に位置するフォーマットになり、「ブロガー」と「ライター」との垣根をシームレスにするものだと、いしたにさんは指摘します。
いしたに:日本がKDPが登場するまで、Webで文字を書く行為はどんどんと紙を離れてWeb媒体に寄り添う度合いを強めてきました。昨年12月に、石川初さんとの共著で『都市と書斎のランドスケール』を、KDPにて出版し、この経験を通じて「KindleとはWebである」という実感を持ちました。言い換えれば、紙の書籍を電子化したものではなく、Webのコンテンツをパッケージ化したもの、と捉えた方が、すんなり理解できるのです。
単純な「紙の書籍の電子化」と理解すべきではない理由の一つに、日米の書籍フォーマットの差異が影響しています。洋書を読む方はお分かりでしょうが、アメリカの本はとにかくかさばって重いのです。一方、日本には、文庫という優れたフォーマットがあります。あのコンパクトさで、情報量が非常に多く、品質のいい紙を使った書籍が、数百円で手に入るのは日本くらいです。
いしたにさんの語る「Webである」とは、コンテンツの種類や多寡の問題ではなく、文庫というフォーマットが普及しているから「軽くて、何冊でも持ち運べる」という電子書籍のメリットに対する捉え方が日米で違ってくる点が影響しています。Kindle版書籍のプロモーションの基点は、その差を理解することから始まると言えるでしょう。
約2万円のバッグが動くのだから、数百円の電子書籍が動かないわけがない
いしたにさんが手掛ける「とれるカメラバッグ」では、広告をほとんど打たず、製品開発のコンセプトとストーリー、そして制作の過程をWeb上で公開する、というスタイルでプロモーションを行っています。その結果、購入者はTwitterやブログで、使い心地や気に入った点を投稿し、それがSNS経由で拡散。口コミが広がり、新たなユーザーが増えるというサイクルが生まれています。この経験から、いしたにさんは「Kindle版の電子書籍が売れないわけがない」と断言します。
いしたに:KDPで出版する前から分かっているように思っていたことで、あらためて体感したのが、Kindle版の書籍では、面白いと読者が感じた部分を、簡単に引用してツイートしたり、読了したことをすぐに投稿できる、この影響力です。ささいなことに思えますが、たった一つの「読了しました」というツイートがあるだけでも、1冊くらい売れるんです。また、ネット通販のみで販売している、一つ2万円くらいするバッグも、口コミで結構動いています。2万円の単価の商品が動くんだから、たった数百円で、Amazonのサイトからであれば1クリック・1タップで購入できる電子書籍が動かないわけがないんです。
「KDPでは、本は売れない」というような先入観だけで結論を出さず、売れないのであれば自分を反省しようというのが、得られた結論です。その延長線上で、Kindleで本を売るとは、書籍のプロモーションではなく、Webのプロモーションとして考えないといけないんだなーと思っていたところに、インプレスさんが『Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド』を出すという話が来て、共著者として関わらせてもらうことになったんです。
同書では、いしたにさんと共に、宮崎綾子さん、境祐司さんが執筆に参加。KDPで本を出版する際に必要なパートをそれぞれ「書く」「作る」「売る」に分け、文章を「書く」パートを宮崎さん、書籍としての体裁を整えたり、ルールや出版の準備を解説した「作る」パートを境さん、そして「売る」パートでは、自身の経験を踏まえたプロモーションをいしたにさんが担当しました。
媒体が変われば、リーチする読者が変わる
続いて、経済評論家の勝間和代さんが登壇。100円の電子書籍「1コインキンドル文庫」シリーズを、約2週間に1冊のハイペースで出版する勝間さんに対して「『Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド』で、私が解説しようとした点を、すべて実践している」と評した、いしたにさん。「紙の書籍で実績のある勝間さんが、KDPで出版する必要があるのか?」という質問から2人のトークが始まりました。
勝間:私がたくさん書籍を出させてもらったのは、ビジネス書ブームが始まるより前の2006年ごろから。2012年ごろにはブームが急速に冷えこみ、出版点数は増えるのに、売り上げは落ちるという状態になりました。ビジネス書で10万部を売り上げる本も片手で数えられる程度ではないでしょうか。そうなると、紙の書籍での文字数は1冊10万字程度になりますが、労力に見合わなくなってくる。
いしたに:初版で1万部出してた人が、5000部になったり。増刷単位も刻んでくるようになりましたね。
勝間:この状況は、音楽市場に似ているなと思ったんです。私も若いころは1年に何十枚もCDを買いましたが、今では1枚買うかどうか。同様に、私は将来も本を買うでしょうが、購入冊数は徐々に減ってくるんだと思います。気が付いたら、手軽に買えてしまうKindleを初めとした電子書籍を選んだり、多くの人がYouTubeで音楽コンテンツを買わずに済ますのと同じ感覚で、ブログや有料メルマガで済ますのが当たり前の時代が来るのではないかと。Twitterの流行が2009年でしたから、それと同じタイムスケールで、本当の電子書籍元年である今年に、その流れが来るんじゃないかと思い、今からKDPで出しておこう、と「1コインキンドル文庫」を作りました。
いしたに:勝間さんは、ブログ、メルマガ、メディア、書籍、そして会員向けの学び合いコミュニティー「勝間塾」など、「勝間和代」という一つのコンテンツを、いろんな形でアウトプットされています。その一つにKDPがあると思いますが、メディアを変えて出すに当たり、気を付けていることは何でしょうか?
勝間:意識しているのは、リーチされる対象が変わること。媒体が違うということは、すなわちライフスタイルやライフステージが違うので、それに応じて必要なものを読んでもらうことを意識しています。例えば、「勝間塾」の退塾理由のアンケートを見ると、一番多いのは「時間がない」なんです。コンテンツや料金に文句はないが、読む時間がなくてダウンロードしていないコンテンツがたまっていくのが心苦しい、という結果でした。そこで、そういう方には、退会するときにメルマガサービスに移りませんか?と案内しています。「勝間塾」で最近始めて好評だったのが、1カ月に1回行う講演会の書き下ろしスクリプトを起こして、講演後に送るサービスです。
いしたに:好きな時間に講演内容を読めるうえに、あとでスクリプトが送られてくると分かっていれば、講演に耳を傾けられるわけですね。
さまざまなフォーマットを駆使して、異なる読者のそれぞれに最適なフォーマットでコンテンツを提供する、と語る勝間さん。「1コインキンドル文庫」はメールマガジンで配信したコンテンツをKindle用に最適化したもので、「メールボックスを検索したり、読みにくいフォーマットで読む手間を考えれば、『100円なら安い』と思ってもらえる」と、書籍の価格ではなく、Kindle版への最適化コストという価格設定が「ワンコイン文庫」を生んだのです。
書き手としての自分を売る時代
対談の締めくくりで、いしたにさんが挙げたキーワードは「書き手としての時間を売る時代」。勝間さんは、上手な文章を書きたければ「1日10万字を読んで、5,000文字を書く」と、アウトプットする文字数の20倍のインプットを推奨しています。これに対して、最初はちょっと多いと思ったが、実はそれほど高くないハードルだ、といしたにさんは言います。
いしたに:現状のアウトプット数から5,000文字増やすとなると、確かに多いですが、そうではなく、この数字は文章を書くことに関わる人が、「メールなどの文章を含めて1日にアウトプットできる総文字数」だと思うのです。5,000文字アウトプットの振り分け先を1日のなかでどう考えるか。その発想が、その後のアウトプットに大きく影響すると思います。
勝間:「本屋の棚」「出版者の数」「紙で出版されること自体」に希少性がある時代が終わり、読者側の時間のほうが希少になってきています。その場合、何を考えなければならないか。
いしたに:その配分を考えておかないと、短すぎると埋もれるし、長すぎると読者を拘束してしまい、離脱されて読者にうまく届かなくなってしまいます。そうなると、サイズを自由に変えられるKDPはいいですよね。
文章をアウトプットする方法が多様化したものの、その変化の大きさに対し、文章を書く人のアウトプット量や読者側のインプット量の変化は小さいものでしょう。アウトプット側は、書き手としての時間をどううまく振り分け、どう売れるようにするかを考える必要が出てきたと言えます。そして、いしたにさんと勝間さんが語ったように、読書に費やせる時間は短くなったと実感する方は、非常に多いのではないでしょうか。
コンテンツそのものの魅力とともに、読者が時間を費やすのに適した方法で提供する、そのマッチング精度がより求められているのではないかと、2人の言葉からは感じられました。「従来になかったマッチングを提供できる」というKDPでの出版の最大のメリットを、あらためて再確認できたイベントでした。
イベント概要
いしたにまさき × 勝間和代
「個人出版」を語り尽くす! 『Amazon Kindleダイレクト出版 完全ガイド』出版記念トークイベント
http://opencu.com/events/amazon-kindle
日 時:2013年5月31日(金)19:00~20:45(休憩15分)/18:30開場
場 所 :Loftwork Lab
登壇者 :勝間和代、いしたにまさき
参加費 :1,000円(ワンドリンク込み)
主 催 :株式会社インプレスジャパン
協 力 :OpenCU