デザインが成功しているというのは便利である
“良いデザインとは何か?”という問いに、矢野さんは「便利であること」と答える。
「“便利だなこれ”と直感的に感じられるものが一番良いデザインですかね。感想としてはその程度しか持たないものこそ一番良い形ではないでしょうか。あまり過度に便利すぎると、人間はどこが便利なの分からなくなる。大切なのは生活に溶けこんでゆくことでしょうか」
矢野さんは、そうした良いデザインの例にチュッパチャップスを挙げる。チュッパチャップスは飴に棒をつけただけで、これをデザインだと思う人はほとんどいない。便利というより当たり前なのである。しかし、この当たり前の形を発明して広めたデザイナーがいるはずなのだ。“意識下に置かれないデザイン“こそが、矢野さんの考える良いデザインの姿なのだという。
また、良いデザインを作るためには複数の人が関わったほうがいいと矢野さんは提案する。
「伝説的なインダストリアルデザイナーであるイームズ夫妻も、妻のレイが画家で、夫のチャールズが建築家だったんです。“プレスしたら思い通りに木が曲がる”という工学的な発見をした夫と、“こうやって曲げるとかっこいいんじゃない?”というビジュアル的な提案をした妻とのコラボレーションですよね。前者はWebでいうところのプログラマーです。つまり“設計図”を描くのが得意な人です。一方後者であるデザイナーは“絵”を描くのが得意。設計図は客観的なもの、絵は主観的な考えが必要です。言い換えれば、人間の感情を動かすのは絵的な部分で、それを支えるのが設計図的な部分です。このコラボレーションがうまくいけばいくほど、よいモノが生まれると考えています」
現在、Webデザインの世界では、デザイナーもある程度Webという仕組みを知ってからデザインしなければなりません。つまり“なぜここに、このビジュアルがあるの?”には、理由がある。設計図としての精度も備えた絵を描くことがWebデザイナーには求められているのだ。
「日本語入力アプリ『Simeji』や『6x6cm(ロクロク)』を通して、プログラマーとすごく身近に仕事をするようになって、彼らがのことが面白いなと思うようになりました。ただ、私の主観では、まだまだプログラマーはデザイナーのことを“感覚的に仕事をしている”と考えている傾向がありますね。例えば、デザイナーは “ちょっと動かないんだけど” なんて気軽にプログラマーに言いますが、それを聞いて彼らは怒るわけです。
単に「動かない」だけではなく、どういった環境で、どんな再現性をもって起こっているか、聞きたいと。しかし、プログラマーというのはそういう人種ですよね。一方で、デザイナーには感覚的な表現で簡単に伝わることもあります。私はすっかり慣れて、開発者のロジカルな部分が好き!とか思ってしまうのですが…実際には、お互いに思い込みがあったり、理解が必要なところなんですよね。しかし、お互いの役割をきちんと行うことは大切です。そのためには、デザイナーは形にこだわっていいし、プログラマーは形なんかどうでもよいってスタンスはいいとは思っています」