取材・構成
矢野りんさんは、Webデザイナーであり、デザイン関連書籍のライター、そしてAndroidアプリ開発会社のデザイナーまでも務めるメディアクリエイターだ。インターネットの黎明期から実践者として、そして発信者として活躍し続けている。彼女のキャリアは、素晴らしいデザインやWeb、さらにはテクノロジーとしてのインターネットは本当に人を幸せにすることができるかへの絶え間ない挑戦だった。受け取る側にとって心地良く、そして便利である。その答えを自ら求めて発信してきたのだ。それと同時に、作る側にとって、いつまでも幸せにモノづくりを続けるための生き方とはどういうものかに、今、彼女がつくり、発信してゆく全ては集中している。実践者であり、発信者として、今彼女が体現するクリエイターとしての生き方とはどんなものなのだろうか?(Webエキスパートより転載)
モノと作り方、働き方の発明を“ものづくり”と捉える6x6cm,Inc.
矢野さんは実践者として様々な活動を行っている。その肩書きの1つが、Android向けカメラアプリ『6x6cm(ロクロク)』開発を手掛ける6x6cm,Inc.のデザイナーである。
「6x6cm(ロクロク)は、エンジニアのadamrockerさん、と共同開発しているんですが、彼とは日本語入力ソフト『Simeji』を共同開発したのがきっかけで共に活動しているんです。あるとき “アプリ開発を事業化するには、技術者がいて、デザイナーがいて、さらにアプリを売ることを考えるひとがいないとダメだね”という話が出て、最低で3人、最高で4人というのが組織として適切だ、という仮説を出したんです。そしてその組織で何かを作って世に出せることを実際に検証したいねと話していて、6x6cmを作りました。6x6cm,Inc.としてはエンジニアの江川崇さんに技術面を担当していただいています。
今はユーザーがついた時点で、投資先となるような展開をしたいと考えています。これがうまくいけば、他の人も参考にできるようなスキームのひな形になるんじゃないか?と。そうやって、つくるモノだけじゃなくて、作り方、そして働き方まで作れたら面白いと思うんです」と矢野さん。
“ノマドワーカー“”シェアオフィス“”キュレーション“などのキーワードで、現在、新しい働き方に注目が集まっている。クラウド環境で仕事の分業化、分散化が可能になり、会社にも所属せず、オフィスも持たずに働くことが可能になってきたわけだ。しかし、まだ働き方が体系化されてはいない。矢野さん自身もフリーランス。そういった働き方そのものを作ってしまうことが、矢野さんの”ものづくり“の根底にあるのだという。
「過去の知識、習慣の惰性で働いている人を驚かせたいんです。働き方についても、デザイナーの仕事を生涯の仕事と考えたとき、最終的には受注産業や下請け仕事からの脱却が大切だと思うんです。個人が自由に仕事ができるようになっていけば、人の仕事でふりまわされなくてもいい、そんな時代がくるのではないでしょうか」
例えば、かつて印刷会社の存在がデザイナーの働き方に大きく影響を与えていた。先に印刷の都合があり、デザイナーはその工程に“ぶらさがっている”と考えられていた。印刷物を制作する上ではそうならざるを得なかった。
「自分の都合で“明日から夏休みなんです”などと言おうものなら、仕事がなくなることも珍しくはないという感じですよね(笑)。でも時代は変わったと思うんです。Webではデザイナーの活躍の場が大幅に増え、ネット環境などのインフラも向上しました。今や各々で都合をつけながら、クラウド上で協業体制を敷くことも可能になったんです」
まさに個人で何かをする環境が、この2年くらいで急激に整ったといえる。矢野さんはこのように例える。
「美術史の話ですが、パリとかの前衛芸術では“一匹狼の会”とかがあったんですよ(集まっている時点ですでに一匹狼では無いのですが笑)。それで、カフェで集まって語り合った集団が、後期印象派になって歴史に残ったりして。勉強会をやりながら、自分たちの知識を流行らせ、ムーブメントにしていたんです。そんな状況がデザインや開発の世界でも起こったら面白いなと思って、ワークシェアとナレッジの共有をベースにしている、Androidアプリのクリエイター集団『Android女子部』などで実践しています」
働き方を含めたモノの作り方自体が価値になる。矢野さんの仕事は常に理論の無いところへ身を投じ、それを伝えながら、自分の作りたいものを生み出してゆくことだ。