取材・構成
日本でマーケティング先進企業としての花王。現在の地位を確立した裏側には同社のインターネットへの取り組みもあった。その牽引者でもある花王株式会社 Web制作部 Web技術グループ グループリーダーの本間充氏。彼は名プレゼンターとしての顔も同時に持ち合わせている。なんとマーケティングやインターネット関連のビッグイベント、例えば ad:tech、iMedia Brand Summit Japanなどのプレゼンテーションでは必ず本間氏が登壇しているのだ。そのセッションは独特でいつも満員御礼。独特のルックス、わかりやすいメッセージ、会場の一体感、まさに名プレゼンターである。今回は本間氏のそのプレゼンテーションの真髄に迫る。プレゼンテーションが上手くなるとどんなメリットがあるのか? どうすれば上手くなるのか? 名プレゼンターの本音から、世界水準のプレゼンテーション・ハックをお届けしよう。(Webエキスパートより転載)
聞き手:君塚美香(株式会社ロフトワーク/マーケティング)
スティーブ・ジョブズのプレゼンを「見習わないこと」から始めよう
プレゼンテーションの話をする前にまずこのyoutube動画を見てみよう。
この動画はアメリカのコメディアン、Don McMillanのコメディ・ショーで、スライド資料を題材にしたものだ。ご覧になった方はお気づきかと思うが…
読みきれないほどのたくさんの文字
無駄に動くだけのアニメーション
複雑で認識しにくい図表
など、これらの要素が笑いのネタにされているし、確かに面白い。だが、自分のプレゼンテーションを思い出したとき、このコメディに出てきたことを少なからずやってはいないだろうか? ここで「うん、やっていない」と言い切れる方は、もう立派なプレゼンターだ。しかし、少しでも心当たりがある方は、これからのお話がきっと明日のプレゼンテーションからでも、役に立つに違いない。
本間氏が手がける社外プレゼンテーションは年間20セッションを超える。その多くが、広告と自社製品のPRに関するものだ。つまり、会社の顔である。まず、日本人のプレゼンについて本間氏はこう考えているのだという。
「プレゼンテーションにおいて、日本人がかわいそうなのは、プレゼンテーションの授業を大学などで受ける機会が全くないことでしょうね。無いが故に、何をやっても許されるという文化になる。アメリカやヨーロッパでは、だいたい大学でプレゼンテーションの授業があるのです。なので最低限のことができていないと、“このひと勉強してないな”と思われて、嘲笑のネタになるんですよ」
なるほど、先のLIFE AFTER DEATH by POWERPOINTがコメディとして成立するのも、そうした背景があるわけだ。加えてこのようにポイントを解説する。
「日本人が絶対やってはいけないのは、スティーブ・ジョブズのプレゼンを真似しようとすることですね。あれは基礎を完全にマスターした上で、さらにそれを特殊な才能で応用した超・必殺技の連続なのです。プレゼンテーションをきちんと学んでいない私たちがやるべきことはまず基礎です。それにスティーブ・ジョブズのプレゼンは、実はちゃんとしたテンプレートに基づいている。あれはサプライズを提供するためのプレゼンの方法なのです。よってあのプレゼンは、日常がサプライズである、アップルのような企業でのみ、最大限の効果を発揮するのです。しかし、いつもがサプライズの連続であるビジネスなんてそうはありません。使える時が少ないジョブズを学ぶくらいなら基礎を固めたほうが近道なんですよ」
Tipsその1
- ジョブズの天才芸より、今すぐ使える基礎を身につけるべし。
資料に力を入れない、プレゼンテーションの基礎 “KISS”
本間氏は2010年6月のシンガポールで開催された、最先端企業によるデジタルマーケティングカンファレンス『ad:tech singapore』でもプレゼンテーションを行った。大きな、しかも国際的な舞台に立ったとき、本間氏はプレゼンテーションを一貫して学ぶ必要があることを痛感したそうだ。
「日本人が一番陥りがちなことは、スライド資料の作り込みばかりに力を割いていること。プレゼンテーションをきちんと学べば、力をいれるべきはスピーチだと分かるはず。つまり、聴衆は目の前のひとが何をどう話すかにしか期待していないし、プレゼンターは聴衆にどれだけ顔を見てもらえるかに力を注ぐべきだということです。スライド資料はあくまで、それのための補助ツールにすぎない」
ついついアニメーションにこだわったり、文字を書き込みすぎたりと日本人はスライド資料資料にこだわりすぎる傾向がある。どんな有力企業の重役ですらも、見る側に回ったときは“文字が小さくて読めないな、画面展開が速いな”と思っていても、自分がプレゼンターになったときは、ついつい細かいグラフや自分にしか分からないようなスライド資料を用意しがちである。
そんなときに大切なのがKISS、「K:Keep I:It S:Simple and S:Short」(常にシンプルかつ短く)という考え方だと本間氏は語る。これは欧米で実際のプレゼンテーションの教育でも用いられる重要な用語のひとつである。
「スライド資料はとにかく短く、簡便に伝えることが大切なので、そもそも文章などは書いてはいけません。そのまま読んでしまうだけだと、聴衆は退屈します。自分が話すことに重きを置き、その言語を考えることに集中しましょう。また、スライド資料を作成するときも、カッコいい表現が思いついたらすぐにスライドにドンと大きく書きがちですが、スライド資料に書くべきは本来、それを補う言葉なのです」
いきなり世界水準を目指すスライド資料を作成する必要性には、個人差が出るだろうが、すくなくとも世界で受け入れられる分かりやすさ“KISS”はいますぐ導入してゆくことができるだろう。
Tipsその2
- スライド資料は、K:Keep I:It S:Simple and S:Short
- =「常に簡便かつ短い言葉で」
「間違わないこと」は重要度で言えば、実はBランクなんです
前ページでも紹介したが、プレゼンテーションにおいて力を入れなければならないのは、スピーチである。そう言われれば、「とにかく間違わないように話さなければ…」と焦ってしまった経験をお持ちの方も少なくないだろう。
「日本人は間違わないようにとメモをみたり、焦ったりで集中力を分散してしまいがち。結果的にそういう人は、自分にとって正確なことだけを伝えようとしがちで、聴衆に伝わっているかどうかに無自覚である場合が多いです。聴衆にとってみれば、多少間違ったり、セリフを噛んでしまっていても、分かりやすく伝えようとしているプレゼンターには好感を持ち、傾聴します」と本間氏。
たしかに、自分が聴衆側にいるときは、とにかく頑張って伝えようとしている人にこそ、耳を傾けていることに気づく。さらに本間氏は笑顔や表情こそ重要度Aランクだと話す。
「以前、豪華客船のパーティに参加したとき、“プロの笑顔”の重要性を確信したことがあります。客船のパーティでは、船長が主催者となり、乗船客みんなに挨拶をし、さらに記念撮影を撮って回るのが常識です。私たちも例にもれず記念撮影をしてもらいました。翌日、その写真が船内に貼り出されます。そこで私は驚きました。たくさんある写真の中の船長の笑顔はすべて、寸分の狂いもなく、まったく同じなのです。これはなぜかというと、乗船客に応じて表情を変えると“えこひいき”をしているように見えかねないからです。人の前に立つプロの表情というのはそういうものです。みなに平等でなくてはならない。プレゼンテーションでも同じです。聴衆すべての人を同じように大切にし、表情をつくらねばなりません」と本間氏。
聴衆になった場合を考えてみよう。表情豊かに、時にユーモラスなプレゼンターは、それだけで話が聞きたくなるし、参加していても眠くならない。
「話している最中はとにかく無理矢理にでも表情を作ります。相当表情豊かに見せないと、壇上からは距離もあるので、笑っていても、なかなか笑っているように見えません」と本間氏。奥さんにも見てもらいながら表情の練習をしたという。
とはいえ、本間氏も「30分以上のプレゼンで汗をかかないことはない」と話す。彼ほどのベテランでも、人前に立つときには緊張はつきものだ。しかし、その緊張の向かう先が「間違わないように」ではなく「聴衆にちゃんと伝わるように」なのである。そこがプロのプレゼンターの違いなのだ。そして何よりそう心がけることができる人は、日常でもビジネスパーソンとして多くの人々の支持を得ることだろう。
Tipsその3
- 間違ってもいいので、表情は常にオーバー気味に
イメージトレーニングは“氷が溶けた瞬間”を中心に
前日、当日を問わず、本間氏はイメージトレーニングを欠かさない。
「とにかく会場には早く行きます。そして自分がプレゼンテーションをしている様子をイメージします。ひとはイメージができていないと、完全に舞い上がってしまうことも少なくありません。イメージができると、怖くなくなります。たとえば200人の前に立つ自分というのが、現場では椅子の数などで分かります」と本間氏。
そして当日ならさらに想像力を膨らませ、やってくる聴衆を観察する。なんとここで、プレゼンの序盤が固まるという。
「聴衆が全員他人同士なのか、それとも仲がいいのか、怯えているのか朗らかなのか。早く来てみるといろんなことが分かります。そこでプレゼンテーションの入り方の見当をつけます。つまり、会場がすでに“温まっている”状態であれば、いきなり始めても大丈夫、逆に“冷えている”ような状態ならば、温めるための“アイスブレーキング”、氷を溶かす作業から入らねばなりません。会場の状態は常に一定ではない。氷が溶けているかどうか、それを本番前に、見ぬいておくことは重要です」
一度に数百人が集まるような会場ならば、そこは社会の風潮の縮図ですらある。その日の朝のニュースすら、十分に会場を変える。開口一番に“場違い”なことを言ってしまっては嘲笑の的になる。とはいえ、あまり聴衆に怯えるのもよくないと本間氏は語る。
「僕の好きな言葉で“君が100%を行う必要はない。聴衆がきみの話をきこうと協力してくれるのだから”というのがあります。聴衆は話を聞きたくて座っているのだから、自分だけで全てを抱え込まないことが大切です。完璧にやろうとすればするほど、頭がパンパンになります。そのときはこの言葉を思い出して、イメージトレーニングを続けます」
極端に言えば、100%の原稿を用意し、100%伝える必要もなければ、文脈が多少おかしくても、そのギャップを聴衆が質疑応答などで繋いでくれる。この効果に期待したほうが、聴衆に歩み寄れるのではないだろか。
思い出してみよう。話の上手い人ほど聴衆を巻き込むのが上手いことに気づくはずだ。自分だけで100%を作らなくてもいい。こう思えば自然と緊張もほぐれてくるのではないだろうか?
Tipsその4
- 聴衆観察のため、会場へは可能な限り早く着こう。30分前がベターだ。
Tipsその5
- 自分だけで100%を目指さないように心掛ける。
時間が余っても、焦らない。自分の時間なのだから
“体内時計”を獲得することは、プレゼンターにとって重要なことだとよく言われる。プレゼンが始まってから終わるまで、まるで時計が体内に仕込まれているかのように無駄なく、滞り無く進み、終わりを迎えるのは理想だろう。しかし、どうやって身につければよいのか。実は、百戦錬磨の本間氏でも全てのプレゼンテーションが予定した時間通りに終わるわけではないという。
「あっという間に終わってしまうことってあるんですよね(笑)。こういうときは決まって何かを言い忘れているものなんです。特に50分も時間があるのに30分ほどで終わってしまったりという場合はそうです。こうした場合の対処としては、まず、自分の言いたいことが全て言えている確信があれば、“早く終わりましたが、私の言いたかったことはこれで全てです”と言って素直に降りること。これが実は全然悪くないのです。
聴衆の気持ちになってみましょう。時間が伸びるよりも短いほうが当然いいですね? それに言いたいことがまとまっていて、早く終わったなのならそれにこしたことはないのです。堂々と檀を降りましょう」と本間氏は話す。
確かにうなずける。小学校から大学まで、社会人になってもしかり、椅子に座ってものを聞く時間は、短くて悪い気はしない。何より、プレゼンテーションの原稿は自分しか知らないのだ。「最初からこれくらいの時間で終わるつもりだった」と堂々としていればよい。
Tipsその6
- 時間が余ること自体は悪いことではない。
「とはいえ、何か忘れているなと感じるときもあります。そんなときのために、全然関係ない話を1、2個覚えておいてその話をする、というのも大切です。災害時の非常食のようなものです。“話しは少し脱線しますがみなさんは今朝のニュースで話題になった◯◯◯◯についてどう思われますか? いや、急に思い出してしまってですね、時間にも余裕がありますし…”なんて話しながら、それで思い出す時間や、場を温め直す方法を考えるのです。それで思い出したなら、“実はこれよりもさらにお伝えしたいことがあってですね”なんて言いながら切りだして戻ればいいのです。
聴衆はきっと“なるほど今までのは基本的な話でこれから本編が始まるんだな”と思ってくれるでしょう。プレゼンテーションの時間やシナリオはすべて、あなたのものです。使い方は、もともと自由なんですよ」と本間氏。
前回の復習だが、日本人は資料やシナリオに力を入れすぎている。その力を抜けば、今よりもっと自由になれるのだ。
Tipsその7
- 言い忘れたことを思い出す時間づくりのために、雑談もいくつかストックしておくとよい。
- 時間とシナリオはすべて、自分のものである。
欧米人が“手を挙げたがる”という勘違い
「それでは質疑応答に移らせていただきます」と移って、聴衆次から次へと手が挙がるということは残念ながら少ない。しかし海外のドラマや大学の授業、そしてプレゼンテーションを見ていると、「質問は?」とプレゼンターが話すと、みんな我先にとササッと手を挙げているように見える。これについて、実は大きな誤解があるという。
「質疑応答のとき、実は欧米人も質問をしたくはないのです。よくある手を挙げるシーンは、欧米の場合は手を挙げることが聴衆のマナーであるという共通理解があるからできることなのです。日本人の場合はプレゼンテーションへの教育もありませんし、礼儀作法についても学んでいないから手が挙がらない。それだけのことなのです。質疑応答のときに手を挙げるのは、全世界共通のことなのです」と本間氏。
意外な事実だ。しかし、言われてみればそうである。
「私、手挙げるの大好きなんです」なんて話している人など誰も見たことがないだろう。
質問が怖いのは全人類同じ、こう思うだけで、手が上がらなくても大きく構えていられるというもの。とはいえ、実際に手が上がらなかったときは、どう対処すればいいのだろう?
「プレゼンターとして必ずしなければならないことは、最初に手を挙げてくれた人に対する感謝です。全人類の恐怖を越えて、手を挙げてくれた。その勇気に、まずは感謝しなくてはなりません。“ありがとうございます”と“あなたの質問は非常に的確だ”と絶賛しましょう。こうすることで、次の質問も誘発されます。では、全く手が上がらなかった場合、そのときは”今日一番楽しかったところはどこでしょう?”や“今日はこんな話でしたが、似たような話を聞いたことがある人はいますか?”と分かりやすいクエスチョンを投げてみましょう」と本間氏。
本間氏のプレゼンテーションでは、質疑応答の際は聴衆へ一歩近づいたり、さらには降りられる高さの檀ならば、降りて聴衆の中へも足を運ぶ。そうして、手を挙げることが怖くない環境を作ってゆくことが大切なのだ。そうすれば必ず手は挙がる。こうして手が挙がらなかったことは、本間氏の経験からでも、ほとんど無いという。
Tipsその9
- 質問することを恐れない人はいない。
Tipsその10
- 質問があったら必ず最大限褒める。聴衆との距離を縮める。
やはり、プレゼンテーションはこの言葉につきる。
“君が100%を行う必要はない。聴衆がきみの話をきこうと協力してくれるのだから”
プレゼンテーションにおけるすべてのフェーズにおいて、聴衆の力を最大限に利用することが、よいプレゼンテーションをつくる。小さな心がけで、あなたのプレゼンテーションは大きく変わる。明日のプレゼンテーションから、ぜひぜひ役に立ててほしい。
2011年5月13日(金)19:00~21:00 @ OpenCU
本特集で紹介した花王・本間氏によるOpenCUイベント「名プレゼンテータになりたい!」が5月13日、無事開催されました。当日は、前半には、プレゼンに望む心構えのレクチャーと、本間氏による「ビールを晩ご飯に飲むことをすすめる」プレゼンデモが行われ、後半は参加者が実際にお題をプレゼンするワークショップが行われた。観客を巻き込みつつ、非常に貴重なTipsの数々が披露された、濃い2時間のセッションであった。