人と話をするとき、説明がうまく伝わらなくて歯がゆい思いをしたことはありませんか?私もその一人です。今回、OpenCUでは伝統的な日本のストーリーテラー・落語家に「伝える」力を学ぶワークショップを開催しました。折しも巷は落語ブーム。漫画は大ヒット、深夜早朝のワンコイン寄席が満席になる日もあると聞きます。恐らく落語に人を惹きつける魅力があるのだと思います。今回はその話術の秘訣を学びました。テキスト:吉澤瑠美(ロフトワーク)
ワークショップ主旨や目的は以下の募集ページから確認できます。
視線を振り分けたり、ずらしたり、言葉でなく場面を物語る
当日の流れは、前半が落語の所作についてのレクチャーと落語実演、後半は参加者が小咄(こばなし)を作って演じる実践、最後にそれを披露する即席の“シーユー寄席”の三部構成でした。
第一部 プロの落語を聞いてみよう 三遊亭 司 師匠
第二部 “創作小咄”ワークショップ
第三部 シーユー寄席(発表会)
講師は落語協会所属の落語家、三遊亭 司師匠。2015年真打昇進を果たし、今もっとも期待されている若手落語家の一人です。てっきり和装かと思いきや、なんとスーツで登場しました。
着物に紋付の羽織姿で登場するのは、言わば落語家の正装です。「レストランの支配人がびしっとスーツを着ているでしょう? あれと同じです」と司師匠。高座という高い場所からお客さまに話をする。だからこそ失礼のないように、正装で臨むのだそうです。
「見習いのうちから毎日着ていますから、誰に教わらずともサッと着れるようになりましたね」と話しながら着替える師匠、今では5分もあれば着替えられるとのこと。さすがに速い!
ここからは本日のハイライトの一つ、落語を一席。披露いただいたところで(この距離でプロの落語を楽しめる贅沢!)、師匠に落語のイロハを教えていただきます。
まず、落語といえば扇子と手拭い。セットや衣装を使わない落語において、最小限の道具です。さまざまなものに見立てて、表現の幅を広げます。
・ノック音
・提灯
・たばこ
・札束
・ノート
・焼き芋
・スマホ ……など
落語の世界はとにかくシンプル。それは観客が想像力を膨らますための余白になります。様々なキャラクターや場面がお客さんの頭の中で制約なく活き活きと動き回るためには過度な説明や装飾を施さないことが大切なポイントなのかもしれません。
そして落語といえば、掛け合いの場面を左右に首を振ることで一人何役も演じ分けるのがお約束。これを「上下(かみしも)をきる」と言います。上座(かみざ)・下座(しもざ)の「上下」です。
上座は家の中、もしくは奥にいる人。ホスト役であり、その場を取り仕切る人が「上」になります。逆に下座は家の外から来る人、ゲスト役もしくは目下の人が「下」に位置します。
また、視線を少し上にずらし遠近感をつけることによって、遠くから人を招き入れる様子や大勢の人の存在を表現したりもします。
視線を振り分ける、視線をずらす、言葉で説明しなくても視線がその場面を物語る。それだけ聞き手は話し手の目を注視しているというわけです。これは日常会話やプレゼンテーションにも言えることではないでしょうか。
場面の要素を「挙げる→絞る→盛る」。これが話を組み立てる手順
さて後半は、落語(小咄)を実際に作り、演じてみるワークショップです。お題は「最近驚いたこと」。私たちの日常には喜怒哀楽さまざまな種類の「驚き」があります。最近あった出来事の中から、(笑い話に限らず)人に話してみたい場面を考えることにしました。
落語の導入に話す「枕」を練るとき、司師匠は「1つの事柄をいろんな側面から見て、ポイントとなる要素を3つ挙げる」という作業をするそうです。たとえば、飲みに行ったエピソードを人に伝える場合。
・いつ飲みに行ったのか
・誰と飲みに行ったのか
・どこへ飲みに行ったのか
・何を飲んだのか
・何時間飲んだのか
・おつまみは何を食べたのか ……など
いろいろな要素が挙げられます。自分自身は知っていても聞き手はその場面を知りません。一方で、要素が多いとその分話題が分散し、エピソードが薄まります。どの要素を伝えると場面を共有しやすいか取捨選択するのがポイントです。
また、「噺の嘘」という考え方も重要なポイントです。
例えば、おそばをすする動作。よく落語でズズーッといい音を立てておそばをすする動作をしますが、実際にそこまでの音はしません。落語では、事実をありのままに表現することよりも面白さを伝えることに重きが置かれているようです。いわゆる「盛る」のです。
場面の要素を「挙げる→絞る→盛る」。これが話を組み立てる手順だと分かりました。
そして、落語といえばオチ(サゲ)。日常会話でもオチに悩むことは多いでしょう。
“どんな言葉で終わればいいか分からない”との相談に対し、師匠は「かならず着地点を決める」と言います。オチと言っても”掛け言葉”や”ダジャレ”で終わる必要はありません。例えば「◯◯という一席でございます」「バカバカしいお笑いでした」と言って終わる落語もあります。
何でもいいのです。「これが私の驚いた話です」「こんな私ですがよろしくお願いします」など、話に区切りをつけることが大事なんです、とのことでした。
最後は高座に上がる心得。ここで司師匠が「私だっていつも緊張していますよ」と意外な一言。「緊張しない人はいない、緊張して当たり前だ」と思うことにしているそうです。
「大勢の人を相手にしようと思うから話すのが難しくなる。恋人や友人、家族など誰か一人に話しかけるつもりで伝えてみてください。対象が絞られると、どう話すか、どんな情報を伝えるか考えやすくなります」とアドバイスをもらいました。
皆さん話がうまい!キャラや持ち味と相まって伝わる面白小咄
ここからはワークの時間。配布されたシートにそれぞれメモを書きつつ、掛け合い形式の台本に仕立てます。グループで聞かせ合ったりアドバイスを互いに受けたりとブラッシュアップを重ねて、あっという間に本番の時間がやってきました。
高座の上でのルールは「礼に始まり礼に終わる」。正座をしたら演目の前後できちんとおじぎをし、聞く人は拍手をします。話がまとまらなくても、おじぎをすれば“ああ、終わったんだな”と伝わります、と師匠。なるほど。
さて、シーユー寄席の開演です。1人1分の話とはいえ、こんな急ごしらえでできるのだろうか……そんな不安は初っ端から払拭されました。
皆さん話がうまい!ワークショップで学んだポイントを取り入れつつ、個々のキャラクターや持ち味と相まってそれぞれ違った面白さが出ています。初めは不安そうだった人も、師匠の羽織を借りて高座に上がれば勇気も出たような(これは本当に貴重!)。爆笑の連続で「シーユー寄席」は幕を下ろしました。
落語とは「自分の考え・思想をお客さんに伝える行為」である、と司師匠は言いました。
その人が何を基準に、何を大切にして生きているのかが落語の端々に表れるのだそうです。落語を通して、好きなものや、人間性を伝えたい、いや自然と伝わってしまう、それが落語の面白さ、とのことでした。
「喋る」ことは生まれた頃からやっていますが、「話す/伝える」は複雑でテクニックを要するもの。ただそれ以上に、人の魅力を引き出す面白い行為なのだと実感しました。落語を作り・演じる珍しい体験を通じて、新たな気付きを得たワークショップでした。
興味のある方はぜひご自分でも落語をやって……みる機会はあまりないか。ぜひワークショップの続編をお楽しみに。そして本場の寄席にも足を運んでみてください!