今やさまざまな場面で「ワークショップ」という言葉を耳にする。ラーニングイベントとして行われることはもちろん、企業が自社の課題やテーマに取り組むことも多く、面白いワークショップを行なっていることが、企業価値になる時代でもある。面白いワークショップは記憶に残り、ユーザーと企業を繋ぐ重要な価値になる。ともに創造する喜びの体験があるからだ。
この「創造する喜び」のデザインこそ、昨今イノベーションのマインドだと言える。東京大学大学院でワークショップを研究する安斎勇樹さんは創造性をひきだすための装置としてワークショップを位置づけ、企業にワークショップの企画提案も行なっている。OpenCUの有料ワークショップ「ワークショップデザイン入門〜学びと創造の場作りの手法を学ぶ〜」を2013年3-4月に開催し、これまでの研究の結果をまとめた共著『ワークショップデザイン論―創ることで学ぶ(山内祐平・森玲奈・安斎勇樹/慶應義塾大学出版会)』が5月に刊行される。
企画・構成:OpenCU編集部 Text:森オウジ
ワークショップは、創造性をひきだす「装置」
現在、東京大学大学院の学際情報学府・博士課程で研究を行なっている安斎さんは、「学習環境デザイン論」や「教育工学」と呼ばれる分野でワークショップを研究。KDDIやミサワホームなどの企業との産学連携のワークショッププロジェクトにも取り組んできた。彼は、もともと東京大学工学部でものづくりを学んでいた。ワークショップを研究し始めたきっかけは、在学中に行なっていた小学生向けの教育ビジネスだったという。
「中学受験の学習支援のWebサービスだったのですが、結局は受験の成否は偏差値で決まる。だから本質的な学びの探求は難しかったんです。そこで、中学受験を終えたばかりの中学生に向けて、受験に捉われない楽しい学びの場を提供する活動を始めました。アーティストと一緒に作品を作ったり、起業家を招いて実践的な課題に挑戦したり、楽しみながら深い学びが生まれる場作りに試行錯誤しましたね。この時の経験が、ワークショップデザインを「学習環境デザイン論」に位置づけて研究するきっかけになりました」と安斎さんは話す。
詰め込み型の勉強に疲れていた中学生たちが、自分の創造性に目覚めて学びを展開していく場づくりは、興奮に満ちていたという。
「興味深いことに、学校教育に適応できなかったタイプの子どもたちが、ワークショップを通して学ぶことが好きになったり、コミュニケーションに積極的になったり、大きく変わっていくことがありました。しかも、企画者側が予想もしないような面白いアイデアが次々に生まれてくるんです。一斉講義やフォーマルな学校教育とは違った学習と創造のプロセスが起きていて、ワークショップの力のすごさを感じた瞬間でした。ところが、なぜすごいのは説明ができない。だから、大学院に進学して研究をすることにしたんです」
イノベーションの源泉は「偶然の創造性」にある
「ワークショップの面白さは、そこで起こる出来事を前もって予想できないところにあります。普段考えないような角度からものごとを考えたり、普段付き合わないメンバーと関わったりする中で、偶然の発見が積み重なっていく。良いワークショップほど、そこで生まれる発見は企画者の想像を超えるものなんです」
ワークショップデザインは”偶然をデザインする”と表現されるほど、一見矛盾している行為。しかし、これこそが、企業がイノベーションの手段としてワークショップを活用している理由でもあると安斎さんは話す。
「現在の企業の多くは、変化と競争が求められる中で、今までとは違う新しいアプローチをいかに生み出すかが求められています。そのためには、ゴールから逆算してロジカルに物事を考えるこれまでのやり方では限界があります。ゴールそのものを疑い、“当たり前”を揺さぶるような、いわば変化の起爆剤が必要です。
変化を起こすためには、まず日常の思考から離れて“当たり前“を問い直す必要があります。普段はやらないような非日常的なアプローチでものごとを考えたり、遊びや芸術のような楽しさを持った活動にのめり込んだりすることで、日常に裂け目が生まれ、新しい気づきやアイデアが湧き出るきっかけが生まれる。今、ワークショップが企業から求められているのは、そうした非日常的な場を実現する手法として有効だからでしょうね」
アイデアを生み出すための“ひねり“
安斎さんは、うまくいかないワークショップが陥りがちな特徴として「学習目標が、そのまま活動目標になっていて、“ひねり“がないもの」が挙げられると安斎さんは指摘する。
学習目標:ワークショップにおいて、何について考えを深めるのか。学びの目標を指す。
活動目標:ワークショップにおいて、どんな新しいものを創るのか。活動の目標を指す。
「例えば、『職場のコミュニケーションについて考えを深める』ことを参加者の学習目標としたときに、“職場のコミュニケーションの問題について議論してください”というひねりのないお題でディスカッションを進めても、おそらくうまくいかないでしょう。よほど参加者にやる気が無い限り、盛り上がらず、ありきたりなしか意見しか出ないのではないでしょうか。
この場合だったら、例えば『気持ちのよいコミュニケーションが起こるオフィスをLEGOブロックでデザインする』といった活動目標がいいかもしれません。オフィスをつくるというのは架空のお題ですが、“部署と部署の中間にカフェがあったら出会いが増えそう“とか、“でも一人になれる隠れ家も欲しいよねー“などと、LEGOをいじりながら話し合ううちに、潜在的なニーズや問題が見えてくる可能性があります。非日常的で面白い活動のめりこんでいるうちに、結果として考えが深まり、アイデアが生まれることが重要なのです」
人は楽しさの中でこそ創造性を発揮する。ワークショップでは、普段やらないような非日常的な創造活動を楽しむことで、それが新しい視点を生み出す着火剤になる。企画者は深めたい学習目標を考慮しながらも、ひねりのある面白い活動目標を考えるところから始めるのがよさそうだ。
「サンドウィッチマン」のコントに学ぶイノベーションのプロセス
続いて、ワークショップデザインの具体例を紹介してもらおう。安斎さんは、富士フイルムのプロダクトデザイナーを対象に、お笑いコンビ「サンドウィッチマン」のコントを導入したワークショップを実施した。
「富士フィルムのプロのデザイナーの方々に、普段とは異なるアプローチで、革新的な製品のアイデアを考えてもらうことが僕のミッションでした。ユーザーにとって革新的な製品を考えるためには、ユーザーが頭の中で思い描いているニーズの範疇を超えるようなアイデアを提案しなければいけません。ユーザーが今欲しがっている製品を提案してあげても、それは“革新“ではなく“改善“にすぎませんからね。任天堂のWiiや、AppleのiPhoneのように、ユーザーが製品を使う文脈や意味そのものを書き変えてしまうような製品を提案することが、イノベーションにつながります。そうしたイノベーションの生み出し方を学ぶ教材として、実はサンドウィッチマンのコントが役に立ちます(笑)」と安斎さんは語る。
サンドウィッチマンは伊達みきお(ツッコミ)と富澤たけし(ボケ)によるお笑いコンビ。あるお店を舞台に、客と店員のコミュニケーションを題材にしたコントを得意とする。伊達が客としての要望を伝えるが、富澤がことごとく的外れな提案をして笑いを誘うのが基本だ。しかし、これがどうイノベーションに結びつくのだろう?
「富澤のボケは、ユーザーのニーズを無視して、予想もしないような提案をすることで、会話の文脈を崩しているわけです。そこに伊達の鋭いツッコミが入ることで、“笑い“が生まれている。ところが、これは途中まではイノベーションのプロセスそのものなんですよね。ツッコミを入れるから笑いにつながっているであって、富澤の脈絡のないボケ単体を丁寧にみていくと、実は解釈次第では今までにない価値を秘めたものがいくつかあったりする。今回のワークショップでは、富澤のボケのテクニックを分析し、“デジカメでボケる”という大喜利を行いました。お互いのアイデアを爆笑しながら『ありえないデジカメ』を考えていく中で、いくつか本当に価値ある革新的なアイデアの種も生まれていました」
LEGOによるストーリーテリングで克服する大企業病
企業向けに実施するワークショップは商品開発などのイノベーションを目的としたものだけではないという。続いて、組織開発のためのワークショップ事例について解説いただいた。
「社内のコミュニケーションの活性化やチームビルディング、組織開発のためにワークショップを実施することもあります。例えば、とある大企業の経営理念を社内に浸透させるためにワークショップを活用したことがあります。社長がいくら抽象的な理念を唱え続けても、社員一人ひとりに浸透するものではありません。それぞれの社員が自分の現場にひきつけて、“自分の物語“として再解釈することが必要です。そこで、LEGOブロックを使って自分のこれまでの仕事や働き方、会社のイメージについて表現し、語り合うワークショップを実施しました。社内のいろんな部署から参加者を募り、社長にも参加していただきました」
LEGOを使ったワークショップの様子
社長から新入社員まで、みんなでLEGOブロック。たしかにレゴを使えば、普段自分の意見を明示しにくい上司にも、遊び感覚でコミュニケーションできそうだ。しかし、なぜレゴブロックなのだろう?
「頭の中のもやもやを目に見えるカタチにしてみることで、積極的な語りが促されることがポイントなんです。しかも、そこで語られる内容はロジカルなものというよりも、自分にとってのストーリーが語られやすくなる。日常のロジック重視のビジネスモードから離れて、頭で理解しようとしていた経営理念を、“私“を主語にしたストーリーとして再解釈することができます。それはトップダウンの押しつけではなく、多様性を奨励したビジョン形成のプロセスです」
日本のビジネスパーソンはストーリーテリングに弱いと言われている。しかし、いざ「しゃべってくれ」と言われてもなかなか難しい。そこに、レゴブロックという共通言語が与えられたことで、まったく新しいコミュニケーションが生まれてくるのだ。
10年後にも残る、ワークショップデザインの価値とは
奇抜な発想で面白いワークショップを生み出していく発想の源について聞いてみた。
「いろんなものがヒントになります。例えば、“笑っていいとも!”のミニコーナーなんて、ワークショップデザインの宝庫ですよ。予算の少ない深夜番組のくだらない企画とかも、ヒントが満載ですね(笑)。ワークショップを企画する際には、単純に“やってみたら面白そう”という感覚を大切にすることが、しっかりした学習目標を立てるよりも重要なんです。学習目標を深めることも大切ですが、目的なく没入できる楽しさをもった活動と結びつけることが、ワークショップの企画の本質ですからね」
そして、これらのワークショップデザインの手法や考え方を解説した書籍『ワークショップデザイン論–創ることで学ぶ』が刊行される。コンセプトやプログラムの企画の方法や、ワークショップの広報戦略など、これまで体系化されてこなかった方法論がシンプルにまとまっており、これから始めたい人は、手に取ってほしい1冊だ。
ワークショップデザイン論―創ることで学ぶ (山内祐平・森玲奈・安斎勇樹/慶應義塾大学出版会)
「ものづくりや会社経営の在り方が大きく転換していく中で、これからワークショップはますます活躍の場を増やしていくでしょう。ワークショップをデザインすることとは、人間の学習と創造の本質に迫ることです。仮に10年経ってワークショップの“ブーム“が過ぎ去り、ワークショップという言葉がなくなったとしても、ワークショップをデザインすることで培われる学習と創造をひきだすための技術や考え方の価値は、永劫失われることはありません。是非多くの方にワークショップの魅力を知っていただき、そのデザインにも挑戦していただければと思います」
企業や社会に必要なイノベーション。その起爆剤となるワークショップデザインにますます注目が集まってきそうである。